2012年の山行記録 中山道を歩く

2012年5月20日(日) 晴れ
中山道を歩くシリーズ14 19沓掛宿 20追分宿 21小田井宿
しなの鉄道軽井沢駅~JR小梅線岩村田駅を歩く

  
沓掛宿                    追分宿
 
小田井宿
浮世絵中山道 

L藤井 
参加者 

6:00高崎~7:06軽井沢駅~7:18旧軽ロータリー~8:27市村記念館~8:55長倉神社~
9:05脇本陣満寿屋~9:09沓掛本陣跡~9:15くさつ道道標~9:18道祖神~9:31二十三夜供養塔~
9:32道端の社~9:39馬頭観世音~10:18追分一里塚~10:26常夜燈~10:28浅間神社~
10:36芭蕉句碑~10:47掘達雄文学記念館~10:53高札場跡~10:56諏訪神社~10:57泉洞襌~
11:03桝形の茶屋~11:30千が滝湯川用水温水路(昼食)~12:41御代田一里塚~13:11御嶽山蔵王
大権現~13:13小田井宿入口と筆塚~13:15おはる地蔵~13:22長倉・諏訪神社~13:32本陣跡~
13:38上の問屋跡~13:34脇本陣跡~13:36下の問屋跡~13:45白山比咩神社~13:59皎月ケ原の碑
~15:05住吉神社~15:20JR小梅線岩村田駅~小諸駅~軽井沢駅~高崎

とうとう信州路へ突入しました
沓掛宿 追分宿 できたらその先へ進みたいとリーダーは考えていますが
天気は 晴れ(*^_^*)  気持ちのいい信州路です

6:00高崎出発、車で軽井沢駅へ向かいます

7:06軽井沢駅の近くの駐車場へ車を置き
旧軽ロータリーへ向かいます

7:18旧軽ロータリー

前回はここまでです

今は春爛漫

路の両側は 春の花で彩られています
特に芝桜がきれいです

群馬は とっくに終わっています
こちらは寒いのですね

8:27市村記念館

八重桜も満開ですね

たおやかな 浅間山に向かいます

浅間山は群馬の顔と違いますね

沓掛宿(くつかけしゅく)とは、江戸から数えて十九番目の宿場

沓掛」の名は、難所であり荒天時は人も荷も足止めされた碓氷峠の入口であることに由来する
両隣の軽井沢宿および追分宿と共に浅間三宿と呼ばれて栄えた。また、草津温泉に向かう分岐路もあった。

しかし1951年の大火で町の殆どを焼失したため、往時の様子を伝えるものは殆ど残っていない。
その後は1956年に沓掛駅が中軽井沢駅と改称したのを
機に地名も中軽井沢と改称、以後別荘地や避暑地として発展している。 

沓掛宿です
 
   
8:55長倉神社

9:05脇本陣満寿屋

お花がきれいです

9:09沓掛本陣跡

一般の家です

9:15くさつ道道標
「右 くさつ」 と読めます

9:18道祖神

道祖神がたくさんあります

9:31二十三夜供養塔

十十
と書いて二十なんですね

9:32道端の社

道路の脇にきれいな水が流れています

9:39馬頭観世音

追分宿(おいわけしゅく)とは、江戸から数えて二十番目の宿場

現在の長野県北佐久郡軽井沢町追分にあたる。北国街道北陸道)との分岐点でもあり「追分」の
名はこれに由来する。元禄時代には旅籠屋71軒、茶屋18軒、商店28軒を数え、飯盛女も最盛期には
200~270人もいたとされるほど栄えた。また、民謡に多く見られる追分節の発祥の地である。
旧脇本陣の油屋は、堀辰雄立原道造室生犀星らに愛され、堀辰雄の小説「菜穂子」に登場する
牡丹屋という旅館はこの油屋がモデルである。

10:18追分一里塚

大きな一里塚の真ん中を道路が通り 
二つに分かれたそうです

10:26常夜燈

10:28浅間神社

10:36芭蕉句碑

10:47掘達雄文学記念館

掘達雄記念館の門は本陣の裏門だそうですが
立派な門です
     
追分宿です


10:53高札場跡

10:56諏訪神社

10:57泉洞襌


11:03桝形の茶屋

ます形 つがるやの 壁です

     11:30千が滝湯川用水温水路(昼食)


千が滝湯川用水温水路
浅間山麓から流れる水は冷たく、
水温を高めるために作られたそうです。

浅間山の湧水、雪解け水を農業用水に活用するため、
慶安3年(1650)、柏木小石衛門が開削したもので、
水温を上げるための設備である。
広い水面だが、水深は数センチぐらいと浅い。
 
   
     春爛漫のところで昼食です
 
   
    12:41御代田一里塚
 
   
     13:11御嶽山蔵王大権現
小田井宿(おたいしゅく)とは、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十一番目の宿場

参勤交代などで大名が北国街道との分岐点でもあった
追分宿
で宿をとる際、小田井宿は姫君や側女たちの宿にあてられることが多く「姫の宿」とも呼ばれた。

    13:13小田井宿入口と筆塚

 
   
     13:15おはる地蔵
女傑おはる:安川はるといい、明治36年小田井に生まれた。
当初小学校教員をしていたが、その後高価な肥料が買えない農民に安い肥料を
提供したいと艱難辛苦の末、ゴミと人糞から燻炭肥料を作る「安川式肥料燻炭炉」を発明した。
ゴミと人糞は200万東京市民から無料で得ることにし、また副産物として高価な7種
類の薬品をとれることから、経済的に大変優れた発明として期待されたが、難病にかかり計画を中断せざる得なかった。その後、戦争が激しくなると部下を連れて
開拓に入ったり、戦後は小学校の全教室へテレビを寄付したり、上宿区へ共用の
花嫁衣装と維持費を寄付したり、地域に大いに貢献した。生涯独身で、一生人々
のために献身的な活動をして平成3年89才で永眠した。

     
     13:22長倉・諏訪神社
     
     13:32本陣跡
     
      13:38上の問屋跡
     
     13:34脇本陣跡
 
   
     13:36下の問屋跡
     
     13:45白山比咩神社
     
    13:59皎月ケ原の碑

14:15
鵜縄沢端一里塚跡

佐久インターウェーブで休憩です
ショッピングセンターがたくさんあります

岩村田橋は陸橋ですが道路と平らで高速が下を走ります

道路沿いの陸橋を渡ると佐久ICが見え「おぎのや」の
大きなビルが見えました
「わ~ おぎのやまで 歩いて来たのだ」 

実感がわきます

     15:05住吉神社
     
15:20JR小梅線岩村田駅

疲れた~ 
やっと駅へ到着です

小梅線は初めて乗ります
うれしい (*^_^*)

2両編成です
きれいな車両でした

小諸駅で乗り換えて 軽井沢駅へ着きました

後は 車で高崎へ帰ります
集合場所近くの「八幡庵」で
お勧めのカルビうどんを汗をかきながら食べました

また 食べ終わりの写真です

満腹 満足 暑~い  (#^.^#)

参考にさせていただいているHR
楽しく歩こう中山道
武州路
上州路
信州路
木曽路
ほんとに歩きやすいマップです
みんなで持って歩きます
歩く中山道 写真と文章で詳しく説明が載っています
とても参考になります
ゆっくりキョロキョロ旧中山道を歩く
ルートマップ
印刷はできませんがとても参考になります

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